媛星

舞-HiME』というアニメがある。その主題曲と言える曲が『媛星』である。

この曲を聴くと想起される風景がいくつかある。灰色の雲をたなびかせた夕焼け空は、寂しくリリカルなメロディからの連想。ゆっくりと等速で落下する無数の雪は、淡々と刻まれるギターのリズムから。雨に煙る車窓からの田園は、これを聞きながら新幹線から見ている景色がそうだったから。

そんなとき、音楽は、それだけで "世界" を表現しているのだ、と考える。何かの物語のワンシーンかも知れないが、そこに人間は居ない。ただ、世界だけは凛然と、ある。

「世界は美しくない。しかし、それ故に美しい」と『キノの旅』で時雨沢恵一が言っているが、私は、このフレーズに違和感を覚える。この作品で表現されている世界は、キノを観察者とした、社会であり人の営みでしか無いように思うからだ。私にとっての世界は『媛星』から想起される風景であり、『キノの旅』で表現されている寓話ではない。

音楽の方が思考に対して自由であり、想像の余地を残している。音には、意思が無い。逆に、言葉は思考を縛って、それだからこそ、強固なイメージを思考に対して与えることができる。

もし、あなたが『媛星』を聞く機会があるなら、目を瞑って聞くといい。あなたの美しい世界が、見えてくると思う。